海洋散骨のその後|散骨した海を再び訪れるという供養
海洋散骨が終わった後、
「これで本当に最後なんですね」
と寂しく感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、散骨をした日が故人とのつながりの終わりになるわけではありません。
例えば、命日や誕生日などに海を訪れ、静かに水平線を眺めることもできます。
「今年も来たよ。」
「みんな元気にしているよ。」
「孫がこんなに大きくなったよ。」
心の中で話しかけるだけでもいいのです。
お墓で手を合わせる供養とは少し違いますが、広い海そのものを故人を思い出す場所として考えることができます。
散骨した正確な地点まで行かなければ供養にならないわけでもありません。
同じ海を眺めながら、大切な方を思い出す。
それだけでも十分ではないでしょうか。
春の海、夏の海、秋の海、冬の海。
訪れるたびに景色は変わります。
そして、ご家族自身の人生も少しずつ変わっていきます。
それでも海を見れば、あの日のことを思い出す。
自然散骨には、そんな「また会いに来られる場所」としての海の魅力もあります。
お別れした場所ではなく、これからも思い出せる場所。
私たちは、高知の海がご家族にとってそんな場所になればと願っています。




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